円山公園の歴史(植物編)

公園の歴史(植物編) 公園の歴史

カツラ カツラ科 カラマツ マツ科
スギ スギ科 ヨーロッパクロマツ マツ科
エゾヤマザクラ バラ科 エゾニワトコ スイカズラ科
ニセアカシア マメ科 ブラックチェリー バラ科
エゾエノキ ニレ科
カツラ カツラ科
木々の芽吹きに先駆けて、円山の山肌に赤く色づく木があります。環状通りを南に向かうと、円山墓地の上あたり、公園内を散歩している人であれば、坂下グランドから見た斜面など、円山の北斜面に特にこの木がたくさん生えていることが分かります。
これは緋桂(ひがつら)といって、カツラの雄株が一斉に花を咲かせ、木全体が赤く彩られる姿を指した名前なのです。花といっても花弁があるわけでもなく、雄株に咲く雄花の葯が赤く色づいているだけなのですが、枝にびっしりと付いているため、木全体を赤く彩ることになるわけです。雌花の方はあまり目立ちませんが、昨年の種の殻がまだ木に残っているため、雌株もまたよく目立つのです。
カツラは我が国特有の樹木で、1科1属2種と、他に本州中北部にあるヒロハカツラのみという珍しい樹木ですが、道内では湿った沢筋にごく普通に見られる樹木です。北海道を代表する巨木になる落葉性高木で、特に藻岩山から円山にかけては今もなお巨樹がたくさん残されていることで知られています。大師堂の裏手に歩きは特に大きい株を誇っていましたが、2004年の18号台風で大きな幹が折れてしまい、少し寂しくなりました。
アイヌ語ではランコと呼ばれ、丸木船を作る最高の木として大切に扱われていたそうです。ちなみに蘭越という地名は、カツラがたくさん生えていたことによって名付けられたものです。
緋カツラ カラマツ
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カラマツ マツ科
道内には至る所にカラマツ林があり、元もと北海道に生えている木だとみなさん思い込んでいるくらいですが、わが国の自生は中部山岳地帯の、主に火山性土壌の荒れ地で、富士山や浅間山、焼岳山麓など一部に限られている樹木です。
火山の噴火や洪水、土石流などで発生した荒れ地に真っ先に進入して生育する先駆性樹種として知られ、そのたくましさに目を付けられて、戦後荒廃した道内の森林に一斉に植林されていったのです。間伐材は、当初は炭坑の坑木などに活用されましたが、それも全く需要がなくなってしまい、手入れをされないまま荒廃したカラマツ林が出現しているのが気がかりです。
円山公園には、養樹園と呼ばれる苗木の育成センターが、開拓使によって明治13年に開設されていました。国内はもとより、様々な外国産の樹木をここで試験栽培し、殖産興業に役立ちそうな樹木の苗木を、道内に配布する役割を持っていたのです。そこから配布された樹木には、ウルシやクロマツ、アカマツ、ニセアカシアなどもありますが、カラマツもその中に含まれていました。園地中央部にあるカラマツの大木は、その名残の木であり、記録によると1890年(明治23年)に植えられていることが分かります。道内でも最も古いカラマツであるといえるでしょう。
カラマツは芽吹きの新緑も見事ですが、鮮やかに黄葉した姿もいいものです。最近夏に、カラマツハラアカハバチに食害を受けて丸坊主になることが多く、きれいに黄葉を見ることができないのが残念です。

円山養樹園植栽図1

(「円山の歴史と自然」 田中 潜著より)
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スギ スギ科
動物園に行く道すがら、木道の両側にある杉木立は、北海道にいることを忘れてしまうほど見事な杉林を形成しています。この杉林も養樹園の名残の木立で、1890年(明治23年)に植えられていますので、もう120年も経っていることが分かります。
2年ほど前に、動物園内のスギが枯れていたので、輪切りにして年輪を数えたところ110本ありました。枯れたのが10年くらい前とのことで、120年前の明治23年頃に植えたものらしいと推測していたら、この植栽図が出てきてびっくりしたのでした。
本州では、花粉症の元凶としてすっかり嫌われ者になっていますが、北海道では望郷樹として懐かしがられる存在になっているといえるでしょう。
杉林 円山養樹園植栽図2
杉の円盤
(「円山の歴史と自然」 田中 潜著より)
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ヨーロッパクロマツ マツ科
道内で常緑針葉樹といえば、トドマツやアカエゾマツのような尖った樹形のマツ類が普通ですが、このヨーロッパクロマツやヨーロッパアカマツなどの丸みを帯びたマツ類の樹形を見ると、なぜかホッとしてしまいます。
寒さの厳しい道内では、道南を除いてわが国のクロマツやアカマツは育ちが悪く、早くから導入されたこれら外国産のマツ類が普及していったようです。どちらも名前の通りヨーロッパ原産で、かつては欧州黒松や欧州赤松と呼ばれていましたが、近年では植物名をカタカナ表記されることもあって、ヨーロッパが冠されることになりました。
公園内の道路に面して並んでいるヨーロッパクロマツは、既に養樹園時代に、裏参道の並木として植えられていたものの名残です。黒々とした豊かな樹冠はとてもよく目立ち、開拓期の歴史を今に伝える樹木として、これからも大切にしていきたい樹木の一つといえるでしょう。
ヨーロッパクロマツ
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エゾヤマザクラ バラ科
道内の桜の名所といえば、函館ではほとんどがソメイヨシノ、松前ではサトザクラが主体となっていますが、それ以外の地域ではエゾヤマザクラが主体となっています。
本名はオオヤマザクラですが、道内ではエゾヤマザクラの方が通りがよく、本州中北部より北では山野でごく普通に見られるサクラです。花の色にはかなり濃淡があり、そのコントラストも魅力の一つですが、どうしても暖かみのある濃いものに人気があり、このため特に花色の濃いものを、バイオで増殖する方法もすでに実施されているほどです。
円山が花見の名所になったのは、別項にもあるように、島判官の死を悼んで植えられた神宮の参道の桜が起源になっています。以来ずっと植え継がれ、神宮境内や公園内にはたくさんの桜が植えられていますが、過密による日照不足、テングス病ヤコブ病などの病害、花見客などによる根元回りの踏みつけなど、桜の生育には厳しい環境条件により、近年では少し生育がよくないものが増えてきているようです。
エゾヤマザクラ
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エゾニワトコ スイカズラ科
材が柔らかく真っ白な木は、昔から薄く削って木幣を作ったようですが、アイヌの世界でもこの木を削ってイナウ(木幣)を作っていました。ただしこの場合には加工性と共に、植物体から発する悪臭で病魔を追い払う目的もあり、アイヌ名ソコンニとは、「尻に糞をつけている木」の意味を持っているそうです。
古名「ミヤツコギ」は、神社で木幣を作る木ということから「宮仕う木」がなまったものとの説もあり、漢名「接骨木」は、皮を剥くと節が盛り上がっている真っ白な樹肌が、まるで骨をつないでいるかのようなので、この名が生まれたようです。とはいえ、民間療法で捻挫や骨折に効くというのは、ちょっと迷信のような感じがします。
細かい花を集めた花房は、それほど目立つものではなく、道内では庭園樹として植えられることはまずありません。短い花期が終わるとすぐに、7月には真っ赤な実が色づいてきます。カラスが好んで食べるために「カラスノミ」という別名もあるそうですが、いまだに食べているところには遭遇していません。実が黄色をしているキミノニワトコは珍しいものですが、ユースの森に1本あり、黄色と真っ赤な実が鮮やかなコントラストを見せてくれています。
キミノニワトコ ニワトコ
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ニセアカシア マメ科
近年外来種問題に敏感な人が増えてきており、特にニセアカシアなどは目の敵になった感がありますが、ニセアカシアの歴史は北海道開拓と軌を一にしています。
街路樹としては、明治19年に駅前通に植栽されたのが最も古いとされていますが、それよりも古い明治4年には、現在の南一条通にアカマツとニセアカシアの並木が作られたという記録あるようです。また明治13年に円山に設置された養樹園では、国内外から様々な樹木のタネを集め、ここで苗木の育成を行っていますが、その中にも当然ながらニセアカシアが含まれています。
養樹園の植栽記録などを整理して図面化したものを見ると、現在ユースの森と呼ばれる公園では一番奥の部分には、明治23年に植栽されており、確かにそのあたりはたくさんのニセアカシアがありました。2004年の台風18号来襲により、大木は大半が倒れてしまいましたが、根萌芽からの復活も見られます。
ニセアカシアは大変堅い材を持っており、用材にするには堅くて刃こぼれするほどだといわれています。生長が極めて早いので、薪炭材としても利用され、ハチミツの蜜源としても人気のある植物ですが、外来種の烙印を押されて、近年では忌み嫌われる存在になってしまいました。
甘い香りのする清楚な花はとても美しいものですが、純粋に美しさを堪能する余裕が失われてしまったのはとても残念に思われます。
ニセアカシア ニセアカシア2
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ブラックチェリー バラ科
養樹園の跡地である公園内には、当時植えられた様々な珍しい樹木が現在も残っています。ストローブマツ、ヨーロッパカラマツ、ユリノキ、ヒッコリーなどの外国産樹種、サワラ、スギ、サワグルミなどの国内産樹種などが、素晴らしい大木になって存在感を醸しだしています。
そんな中に、一本だけ樹種の分からない大木があり、ここ数年いろいろと調べたり、林業関係の人に見てもらったりしていましたが、樹種は不明のままになっていました。直径が1mあまり、下枝が全くない寸胴の木のため、枝や葉を見ることすら全くできなかったのです。
ところがその木は内部に空洞があるようで、エゾリスがそこで子育てをしていたのです。放送局がその様子をずっと撮影し、放送にあたってこの木の樹種を確認したのでさあ大変。本腰を入れて調べなくてはいけなくなりました。幸いなことに、強風によって枝が数本落下してきたのでよく見ると、どう見てもシウリザクラのような、穂咲きのサクラの仲間のようでした。ところが国内産のものとは全く異なっていたため、養樹園であるために外国の図鑑等で調べて、ついにアメリカ東部原産のサクラの仲間であることを突き止めたのです。
プルヌス・セロチナ(Prunus serotina)は、ブラックチェリーの英名があり、黒い実を鈴生りに付けます。
この実はジャムやチェリーパイの材料、リキュールなどにも利用されますが、大木になると素晴らしい家具用材を取ることができるので、そのために導入しようと考えたのかもしれません。
こんな珍しい樹木があるのも、歴史ある円山公園ならではの素晴らしい財産といえるでしょう。
ブラックチェリー Trees of North America
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エゾエノキ ニレ科
国蝶は、1957年に日本昆虫学会がオオムラサキを選定したもので、特に法律や条例で定めたものではありません。オオムラサキは大型のチョウで、青紫色の羽根がとても美しいことから国蝶に選ばれたものでしょうが、我が国固有のチョウではなく、東アジアに広く分布しています。
オオムラサキはエノキやエゾエノキの葉を食草としているため、道内ではエゾエノキのあるところに限られ、札幌近郊では八剣山の麓や山鼻川河畔など、いくつかの名所が知られていますしかし円山公園近辺には、エゾエノキはかなりたくさん自生していることから、ある意味公然たる名所になっているといえるかもしれません。
エゾエノキはニレ科の樹木で、ハルニレのようなごつごつとした樹肌ではなく、すべすべしたなめらかな樹皮を持っています。枝があまり広がらず、すらっとした美しい樹形といえるでしょう。
園内にはたくさんのエゾエノキが生えているせいか、それから落ちたり鳥によった運ばれたタネから、たくさんの稚樹が生えてきています。そんな木にオオムラサキは卵を産み、孵化した幼虫は葉を食べて大きくなりますが、秋になる時の根元に下りてきて、落ち葉の裏にくっついたまま冬を越します。春になって芽吹いてくる頃には再び木に登り、葉をまた食べて大きくなってから、さなぎを経て羽化していくのです。
公園では、園内に無数に生えているエゾエノキの稚樹をあちこちに集め、落ち葉かきなどをやらない場所を設定して、オオムラサキのサンクチュアリを作っていく予定です。こんな素晴らしいチョウが、無数に飛び回る公園になることを夢見たいものです。
オオムラサキ エゾエノキ1
越冬前幼虫
越冬前の幼虫 2009.10.29撮影
監修:(有)緑花計画 笠康三郎
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